くたばれ、朝鮮民主党

アクセスカウンタ

zoom RSS 靖国神社へ行きました&父の思い出話

<<   作成日時 : 2012/08/16 13:40   >>

ナイス ブログ気持玉 5 / トラックバック 1 / コメント 0

昨日の午後、靖国神社を参拝しました。

私が初めて靖国へ行ったのは3年前の8月15日。

自虐史観に浸かりきっていたわけでもないのに、
それでも何となく、特殊な空間と思っていたため。

ただ、まだ日本がどういう状態か気づいていなくて
同じ時期に近くに用事があり、どうせなら15日に行こうという程度でした。

そして、父がだいぶ前から毎年、靖国に行っていることを知り
同行することに。


昨年は私1人で参拝。ちょうど12時くらいだったから激混みでした。
(父は夏バテ中で1回、お休み)


今年は、また父も行くというので同行。
暑さと人混みを避けて4時頃に九段下に到着し、
途中で署名や少々の寄付などをしながら拝殿へ。


数十年、ずーっと行けなかった分、
今後は毎年、靖国に行こうと思っています。

靖国から足を遠ざけさせたこと、
つまり自分たちの国を守ってくれた方々に
感謝の意を表する行為を、妨害してきた1点については
サヨク・反日勢力を本当に許せない気持ちです。

靖国神社を参拝することが、ごく普通のこととなる日本になってほしい。


以下は父のお話。

私の父は終戦時に満州の某都市に住んでいました。
2年前からさらに数年前、私は満州ツアーに行ったのですが、
その行き先が偶然にも父が住んでいた都市でした。

父の住んでいた場所すら知らず、
たまたま行き先を告げると偶然にもそこであることが発覚。

旅行から戻り、駅や古い建造物などの写真を見せると、
意外に昔のままらしく、記憶にある物もあったようで、
ぽろぽろと昔の話が出てきたのでした。

そして2年前のこの日も、満州での生活をちょこちょこっと話してくれた。

子供の時は、満州にいたことは知っていたけれども
父の口から語られることはありませんでした。

「流れる星は生きている」という本を読んだ時に
(満州から引き揚げてきた時の苦労話が書かれた藤原ていの本)
苦しくつらい思い出だったのだろうか…と思って母に尋ねると、
むしろ良い記憶であったらしい。
それでもとにかく、満州にまつわる話はほとんど聞いたことがなかったのです。

昨日は、玉音放送の話を切り出したところ
(「ニートな2ちゃんねらー日記」で全文が紹介されていたので。必見です
http://2nnlove.blog114.fc2.com/blog-entry-7249.html
http://www.youtube.com/watch?v=1XMja7jwtV4)

あの時は、
音声がよく聞き取れなくて「頑張ってくれ」というような内容なんだろうと推測したとか、
あれはデマだ、いや本当だったと、情報が錯綜していたとか、
そんな話をしてくれました。
(このあたりは、本人にとってそれほど鮮烈な記憶ではないのか、ややあいまい)

武装解除後も、火薬庫などは日本の管理下にあり
ただ軍人は排除されていたので
中学生とか専門学校生とかが借り出され
2人1組で小銃を持って、見張りに立っていたとか…。

もっといろいろと話を聞いておくべきですね。
父方の祖父は、私が生まれた時にはすでにいなかったけど
母方のおじいちゃんにも、もっと話を聞いておくべきだったと思う。残念。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 5
ナイス ナイス ナイス ナイス
面白い

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
終戦の日に憲法改正について書いてみる
今日は終戦の日。 昨年は父と一緒でしたが、夏バテの父を置いて1人で参拝へ。 ...続きを見る
くたばれ、朝鮮民主党
2013/08/15 23:16

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
靖国神社へ行きました&父の思い出話 くたばれ、朝鮮民主党/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる